仲間を探していました。でも探さなくてよかったんだよね。

家族
仲間
親友
友達
お客さん
顔見知り

私はこれらの言葉の境界があまりなくて
ひとくくりで「みんな」になる。

出会った相手をわりとすぐに
いい人、仲良くなりたい、友達♡って思っちゃう。

セッションでは
相手の愛しいところ、すっばらしいところがどうしても見えちゃうから
あっという間に家族や仲間に感じちゃう。

時間や距離が関係ない。
超える。
でも時には、相手を困惑させちゃったりもしてたんだよね。
ずっと「私にとって、友達や仲間ってなんなんだろ?」って思ってたけど
やっと私なりの定義ができました。

そしたら
お客さんが友達になったり
お客さんが仲間になったり
どんどん関係がスッキリしてきたよ。

昨日はお客さんが親友になった。

なんか、「お客さんが〇〇に」が多いな。

あ、そうか!
私がセッションやレッスンをしているのは
やっぱりお金のためじゃない。

仲間を探してたんだ。

血の繋がりを超えた
家族みたいな仲間を探してたんだ。

ううん
仲間は探すものじゃない。
出会う。

人生の、壮大なタペストリーを織りなす中で
縦の糸と横の糸が交差する時に
運命的に出会うものなんだって思ったよ。

どうせ出会っちゃう。
必要なタイミングで。
どうせ私たちはみんなひとつの光なんだから。

スペシャルな仲間、家族。彼は特別。

「喜び」とは

私にとって喜びとは

愛、感謝、ワクワクする気持ちが
自然と、内側から、わあーって湧いてくること。
土台には、絶対的な安心感。

目の前にあるその存在の
ありのままの姿を愛しく思い
いきなり、ぎゅーって抱きしめたくなる時。

なにこれ!おいしい!ってびっくりする時。

あー、生きているのって楽しいって
しみじみ思う時。

冒険。

生きることそのもの。

私にとっての「ブログ」とは?

自分が体験したこと、感じたことを
そのまま写真や、文章として表現する行為。

なんのジャッジもなく
他の人からの評価を気にすることもいっさいなく
その表現の純度を限りなく100%に近づけていく作業。

***

私にとってのブログって
完全に自分だけのためのもの。
ただの日記。

コピ ブルン ケシリ。
小鳥のフンみたいなもの。

体験して、探求して、表現することが
私にとっての生きるということで

なんの抵抗もなくそれができるとき
私の魂はふるえる。

最上級の喜びだ。

恐れずに
自分をごまかさずに
ただ、出てきたものを出す。

体験し(入)表現する(出)
循環だ。

「入る」と「出す」の間には
消化(探求)と吸収(癒しと統合)がある。

私は自分のためにブログを書く。
自分のためだけに書くって決めた。

ありのまま出す。

いつかは、
人が見るための文章が書けるようになるのかな?
なりたい。
だから、まずはここから。