そのあと、小さな箱を探し、そこに綺麗な柔らかい紙を敷いて、きりちゃんを寝かせました。

本当に眠っているだけにしか見えません。実際は、セキセイインコは枝に止まって眠るので、横になったりはしないのですが。

なぜか少しも悲しみは湧いてこず、ただ静かな気持ちで小鳥を眺めている時に、もう一度、きりちゃんの声が聞こえてきました。

「もう、大丈夫。広い世界に出て行きなさい。」

その声を聞いた時、「インドに行くのも、体のことも、あぁもう大丈夫なんだ」と感じました。

きりりの声がそんな風に頭の上の方から聞こえてきたのは、この2回だけでした。

初めてのことなのに、何の不思議にも疑問にも思わず、その声はスーッと素直に私の深いところに入って行きました。

翌日の朝、夫と二人で大きな木下にきりりを埋めに行った帰り道、昨夜聞こえた声の話をしました。

「きりちゃんは自分で決めたんだと思うんだ。

だから、くんじさんはショックだとは思うけど、これがきりちゃんの寿命だったんだよ。

私はきりちゃんにインドから帰るまで待っててねってお願いしてた。

もしかしたら、私の留守中にきりちゃんの寿命が尽きるのを予感して、早めたのかもしれないって思う。今日は休日で、二人でこうしてお別れすることもできたし。

都合のいい考え方かもしれないけど、全部わかっていて、自分で決めたんじゃないかなぁ。」

夫はしばらく黙っていたけれど、こんなことを言いました。

「実はあの時、僕が下ろそうとした足の下にきりちゃんが飛び込んできたんや。あかん、なんでや!って思ったけど、間に合わなかった・・・」

手乗りで放し飼いにしている小鳥を誤って踏んでしまう残念な事故は、時々聞きます。

私も一度だけ、台所で料理をしている私の踵のすぐ後ろにいるところにいるのに気がつかず、蹴飛ばしてしまって、ごめん、ごめんってことがありました。

そんなこともあって、それ以降はとても気をつけて、15年間、ドキってするような危ないことはありませんでした。

きりちゃん自身も、飛ぶ力が弱くなってきた3年くらいは、とても用心深く、歩いている人の足元には決して近寄りませんでした。

だから、夫の言葉を聞いて、私はやっぱり、きりちゃんは自分でそうすることを選んだんじゃないかなって思いました。